俳優だけでなく、カメラマン・音楽活動など、幅広く活動されている窪塚洋介さん。
2004年に自宅マンションの9階から転落・飛び降りたという衝撃的な過去の持ち主です。
一時は重体だったものの、一命を取り留め、後遺症も残らなかった窪塚洋介さんは、もはや「生きる伝説」とさえ言われています。
調査したところ、窪塚洋介さんが転落・飛び降りた原因の諸説や、自殺ではない理由がすごかったので、ご紹介していきます!
窪塚洋介の転落飛び降りの原因がヤバい!
窪塚洋介さんは、2004年6月6日に神奈川県横須賀市の自宅マンションの9階から転落しました。
マンションの9階から転落したら通常は命はありません。
しかし、窪塚洋介さんは転落した際、建物脇のフェンスに衝突した後に芝生の上に落ちたため、九死に一生を得ました。
窪塚洋介がアイキャンフライで落下した高さ (2004年6月6日、約26mの高さの自宅マンションの9階から窪塚が転落。芝生に落下した為、命に別状なく済む。この件について諸説あったが、本人はその時の記憶が全くないと話している。) pic.twitter.com/SlbQWGXcQf
— ツイートが伸びてしまい正直困惑しています (@iq_yaku2) August 3, 2016
約26mから落ちて生還したことは、これはもう奇跡としか言えませんよね。
とはいえ、頭蓋骨骨折も含め、骨折箇所は5か所にも及んだそうですよ。
窪塚洋介さんによると、当時転落前後の記憶が全くなかったそうで、世間からは色々な憶測が飛び交いました。
なぜ窪塚洋介さんはこんな高さから転落・もしくは飛び降りたのでしょうか。
その原因である諸説をご紹介します。
①ピンポン「I can fly」説
②薬・ドラッグ使用説
③ソフトクリーム説
1つずつ見てみましょう!
①ピンポン「I can fly」説
窪塚洋介の名シーン!「アイ キャン フラーイ!」#窪塚洋介 #ピンポン pic.twitter.com/DnccGeoXhZ
— 気軽なトレンドニュース♪ (@zsBCGdZyobcwqV4) October 12, 2019
1つ目の原因は、窪塚洋介さん主演の映画「ピンポン」での「I can fly」説です。
大声を出して「アイ キャン フラーイ!!」と川に思いきりダイブするシーンがあります。
劇中では夢や希望に向かって、「俺は飛べる!」と全力で突き進む趣旨のダイブでした。
当時超売れっ子で、私生活でも結婚し子供が生まれて公私ともに順調だった窪塚洋介さんは、「
俺は飛べる!」と気持ちが高ぶったのかもしれません。
現に、2023年に息子の愛流さんとイベントに出席した際、「生まれ変わったら何になりたい」か聞かれた愛流さんは、「パッとひらめいたのは、鳥になりたいなと」とコメント。
これに窪塚洋介さんは次のように答えています。
「やめなさい。お父さんのこともあるんだから。なれなかったんだから、やめなさい。飛べないんだから」
もしかすると、窪塚洋介さんの遺伝子を受け継いだ愛流さんが言うように、本当に「鳥になりたかった」のかもしれませんね⁉
ちなみに、この「ピンポン」は数ある出演作品の中でも「演技力がすごい!」と話題になった作品です。
窪塚洋介さんの演技力が高い理由についてもまとめていますので、ぜひこちらもご覧ください↓
ヒット作「GTO」では窪塚洋介さんは菊池善人役でブレイクしました!詳しくはこちらをご覧ください↓
②薬・ドラッグ使用説
2つ目の原因は、薬・ドラッグ説です。
窪塚洋介さんは過去に薬を使ったことがあると思わせる危うい発言をしていたことがあります。
インスタライブでは次のように語っていたそうです。
「あの~マリファナ吸ってぇ、あの~『笑っていいとも』出てたこともあったけど。でもそっから変わってない。
俺は……正直。 それが一番大事なこと。マジで。そこがホントに我々の命の根源。
何で生まれてきたか何で生きているのか。そういうことです。誰のために生きてんだよって感じじゃん。でしょ?」
引用元:FRIDAY
また、2003年の著書「PIECES OF PEACE」の中で大麻について言及されています。
『大麻』は21世紀、人間にとって、そして地球にとって奇跡の草となる
PIECES OF PEACE
大麻推進派だと受け取れる内容の発言が多いため、日常的に薬やドラッグを服用していたのではないかと言われています。
確かに、窪塚洋介さんは当時何かの薬を服用していたようです。
薬の種類は定かではありませんが、その薬は常用していると、数分おきに記憶が飛ぶことがあるという性質のものだったそうです。
多忙だった窪塚洋介さんは、精神面を落ち着かせる薬を服用していた可能性はありますよね。
薬の副作用で記憶が飛んでいる最中に、転落事故を起こした可能性は高いのではないでしょうか。
しかし、転落事故から2年後のイベントで、窪塚洋介さんは次のように語っています。
「『え? 俺、飛んじゃったの?』というぐらい自覚がなくて、寝て起きたらケガしてた、みたいな感じだったんですよ。ドラッグをやっていたとかも本当になかった」
と回答しており、当時盛んにウワサされていたドラッグの使用について否定していたようです。
③ソフトクリーム説
3つ目の原因は、「ソフトクリーム」説です。
転落飛び降り事故から2年後のイベントで、窪塚洋介さんは事故当時の事をこのように語っています。
『マンションの向かいのコンビニのソフトクリームが売り切れるのが心配で、エレベーターに乗る手順をすっ飛ばしてしまった』
まいじつ
事故当時記憶がなかったと話しているため、本当かどうかは定かではありません。
会場を笑わせるための冗談のようにも受け取れますね。
以上、原因と思われる3つの諸説をご紹介しました。真相は今のところ闇の中です・・。
窪塚洋介は自殺ではない3つの理由をご紹介!
転落事故当時、一緒にいた妻の証言では、「鯉のぼりの器具がベランダについていたままだったので、取り外そうとして誤って落ちた」と自殺を否定しようとしたのか混乱ぎみに“釈明”していたそうです。
浦賀署は落下場所などの状況から転落事故ではなく、飛び降りとみており、窪塚洋介さんは自殺を図った可能性があるとみられていました。
しかし、その後の窪塚洋介さんの言動から、「自殺ではない」可能性の方が高いのではないかと言われています。
以下の3つが、窪塚洋介さんが自殺ではない理由です。
①仕事も私生活も順調だったから
②「IKIRO」
③アメリカに行く予定だったから
1つずつ見ていきましょう!
①仕事も私生活も順調だったから
1つ目の理由は、仕事も私生活も順調だったからです。
窪塚洋介さんは、2003年5月に一般人の女性と結婚し、同年10月に長男の愛流さんが誕生しています。
愛流さんへの愛情を感じるインタビューがありました。子供と向き合う際に心がけていることとして、窪塚さんは次のように語っています。
できるだけ「ありがとう」「愛している」という言葉を交わすようにしています。
愛流が子どもの頃は、もっともっと言っていたけれど、さすがに17の息子に言うのもなというところもあって、今は誕生日だから、初めての仕事を頑張ってきたから言っちゃおう、と理由を見つけて言っています。娘には、ほっぺたすりすりしながら言っています。
東京すくすく
「子供の頃はもっともっと言っていた」とありますね。
また、窪塚洋介さんはインスタグラムのストーリーで投稿した転落事故前の写真を投稿しています。
愛流さんを愛おしそうに抱きしめていますね。愛する妻も子供もいる中で、自殺するとは考えられません。
本人も、「家庭も持って、子供もできて、仕事も順調で。自殺する理由なんてまったくなかった」と話しているため、本当に自殺する気はなかったのだと思われます。
それにしても、若い頃の窪塚洋介さんもとてもカッコいいですね!
窪塚洋介さんの若い頃の画像をまとめた記事については、こちらからご覧いただけます↓
窪塚洋介さんの元嫁のんちゃんと現在の嫁PINKYの関係性についても読まれています!
息子さんも父親に似てイケメンですね!2024年現在、窪塚愛流さんに彼女はいるのか調査してみました↓
②「IKIRO」
2つ目の理由は、「IKIRO」の歌詞です。
窪塚洋介さんは、卍LINE名義で2010年にリリースした曲「IKIRO」で、転落事故について歌っているのです。
歌詞の内容は、次のようなことが書かれています。
・何が起こったのか記憶が全くない
・全身に痛みが走り、全く状況を理解できない
・神様が与えた挑戦状に受けて立つ
・イバラの道ほど気持ちを奮い立たせることが出来る
・ピンチはチャンス 生きてればいいことがある
この歌詞からは、自殺を図ったという意図は全く読み取れず、本当に予想外の出来事だったことが伺えます。
一度死の淵を経験した窪塚洋介さんの言葉だからこそ、とてもリアルで「生」への熱い思いを感じることが出来ますね!
実は、窪塚洋介さんの末っ子の弟もレゲエミュージシャンとして活躍しています。さらに次男は同じ俳優業!
3兄弟で芸能界で活動しているんですね。
そんな窪塚洋介さんの弟2人もイケメンすぎると話題です。こちらの記事で詳しくご紹介しています↓
③アメリカに行く予定だったから
3つ目の理由は、事故当時アメリカに行く予定だったからです。
窪塚洋介さんは、インタビューで、事故当時についてこのように語っています。
あの(落下事件の)ときのことって、本当に覚えてないんだよね。
仕事やプライベートで思い悩んでいたわけでもないの。その日はアメリカに行く予定だったから、準備もしてた。
ライブドアニュース
これは驚きですね!
アメリカに今から行こうとしている人が、自殺を図るなんて考えられません。
荷物を詰めて準備をしていたそうなので、本当に自殺をする気はなかったのだと思われます。
最後に、転落事故後、窪塚洋介さんは次のような手紙を書かれています。
命をつないでくれた皆への感謝の手紙
「記憶がない。
ベランダから落っこちた日から数日間の記憶が今だにない。
意識が戻ったのは病院のベッドの上だった、「中田さん、どうですか?」看護師さんに話しかけられていた、…中田? …俺、中田だっけ?…あれ、イタリア?
マスコミへの計らいで”中田さん”になっていた本人が一番混乱した。
そしてその後すぐもっと混乱した、体が動かない…。
両足、左手、あばら、顔面の骨が折れていた、だけど背骨やせき髄、脳は無事だから歩けるようにはなると先生に説明された。
他人のケガの状態を聞くよりもあっけらかんと聞いていたのは、強いとか前向きとかじゃなくて、ただ、自分の身に何が起こったのか理解できてなかっただけだった。
「あ、そうですか」と言葉だけが勝手に出ていた。
みんなから生きているのは奇跡だと言われても、そんな実感は全然持てなかった。
夏至の日に手術が無事終わって両足と左手に金属が入った、子供の頃好きだった超合金に自分がなっちまった、でもおかげで順調にリハビリが出来る。
先生言うところの脅威の回復力で、いよいよ歩く練習が始まった、人生で二度目の歩く練習は色んなことを気づかせてくれる、痛みは俺にとって一番の現実で一番のメッセージだ、
wかあったつもりになっていた「いのち」のスゴさと不思議さと素晴らしさがやっと姿を見せ始めたのかもしれない、生きてて良かった。」
「生きているのは奇跡」生きてるってことは死んでないってこと。
助かったって意味じゃなくて、なんのヒネリもない「当たり前」の意味、「当たり前」過ぎて 当たる前のくせに当たった気でいたことがめちゃくちゃある、
こうならなかったらわからんかったことがめちゃくちゃある、だから今はこうなったことに感謝している、
これからも嬉しいことと嬉しくないことは同じくらいあるだろうけど、生きててこそだ、楽しんでいこう、生きてるだけでボロもうけ。
この命をくれた両親と先祖、この命をつないでくれた病院の先生、看護師さん、リハビリの先生、励ましの声をくれたみんな、そして家族と神さんに心から感謝してます。
とにかく、心配かけて迷惑かけて本当に申し訳ありませんでした。
窪塚洋介
大変な転落事故でしたが、そのことさえも「色々な大切なことを気づかせてくれるキッカケになった」と解釈している窪塚洋介さんは凄いですね!
命、そしてつないでくれた皆に感謝する気持ちが強く感じられ、こちらも「『当たり前』って当たり前じゃないんだ」と気づかされる内容でした。
この壮絶な経験があるからこそ、今の窪塚洋介さんに繋がっているんですね!
まとめ:窪塚洋介の転落飛び降りの原因がヤバい!自殺ではない3つの理由をご紹介!
今回は、窪塚洋介さんの転落飛び降りの原因や、自殺ではない理由についてご紹介しました。
死の淵から完全復活を遂げた伝説は、これからも語り継がれていきそうです。
強運の持ち主である窪塚洋介さんの今後の活躍から目が離せませんね!
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